2026年3月18日、TERUがポストしました。
怒るでも責めるでもなく、「無しでお願いします」というひと言。やさしい。やさしいからこそ、少し胸がキュッとなりました。最近のTERUさんは、SNSの使い方がお上手だ。
そして、このポストや皆さんのリプライ、引用リポストを読んで、19年前の同じ3月18日に起きたことを思い出しました。僕はそのライブには行っていません。ただ当時のmixiのコミュニティのスレッドが今もかろうじて残っていて、改めてそれを読み直しました。書き込みは当日の夜から翌朝にかけて爆発的に増え、最終的に200件を超えています。参加者・不参加者の投稿が入り乱れ、情報がかなり錯綜している部分もある。
なので以下は、その記録を僕なりに整理したものです。事実との齟齬があれば、すみません。
「LOVE IS BEAUTIFUL TOUR」ファイナル、沖縄。
2007年春。「LOVE IS BEAUTIFUL TOUR」は横浜アリーナを皮切りに、大阪・広島と全国を回ったツアーでした。各地で笑顔と愛情に溢れた公演が続き、広島の時点でもファンの間には「最高だった」「笑顔が忘れられない」という声が多く聞こえたライブだった。なんてったってLOVE IS BEAUTIFULだし。そしてツアーの追加・締めくくりの公演として組まれたのが、沖縄・ナムラホール。収容人数約1700人のライブハウスでした。
当日はチケットが入手困難で、開演前からスレッドには「なんとか譲ってもらえた」「チケット2枚余りました」という書き込みが続いていました。本土(沖縄の人目線で言えば内地)から駆けつけたファンも多く、TERUがMC中に「県外から来た人?」と聞いたところ大勢の手が挙がったといいます。
開演直後から、異変。
メンバーが登場した瞬間から、前方への激しい雪崩が始まった。整理番号はあったものの「前に行こうと思えば全然行けた」という会場。入場時に300番台だったのに気づいたら前から3列目になっていた、500番台だったのに2列目になっていた、という書き込みが複数残っています。
ナムラホールは天井に角度のついた鏡がついていて、後ろにいてもステージや前方の状況が映った会場でした。そこに映し出されていた光景を、後方にいた参加者は「地獄絵図だった」と記しています。
2曲目が終わると、早々にTERUが動きだした。
「後ろに一歩でいいから、少し下がって下さい」
「気分が悪い人はすぐに合図して下さい。なりそうな人は、前で見るのは遠慮して下さい」
この時点でJIROはまだスタッフに話しかけたり、わずかながら笑顔も見せていたという書き込みがある。ただ、腕を組んで難しい顔をしていたという書き込みもこの頃から出始めていました。
TERUの注意のあと、それでも状況は変わらず。
「ROCK’N’ROLL SWINDLE」「変な夢」のあとにも、TERUが再び呼びかけました。一応いくらか落ち着いたという証言がある一方で、その後もMC中に押し合いが続いていたという証言もあり、このあたりは情報が錯綜している。まあ見る人・場所によって、そして感じ方も人によっては違うので仕方ない。
ただ、この頃を境にJIROの表情と動きが変わっていった、という点については多くの参加者の証言が一致しています。
客席を見なくなった。コーラスをしなくなった。「SOUL LOVE」では遂に目を閉じてステージに立っていた、という書き込みも。ステージ前方に出てくることもなく、煽りもなく。水分補給のあとのペットボトルを床に叩きつけた、という記録も複数の方が書いています。
ライブ終了。そして沈黙。
最後の曲「ACID HEAD」が終わったあと、JIROはファンのほうを見ることも、ひと言発することもなく、そのままステージを去った。
ライブは17曲、1時間55分ほどで終了。20時には終わっていたという書き込みに「嘘だろ、と思いました」と書いた人も。
それでもその場にいたファンはダブルアンコールを要求しました。エンドロール曲「MIRROR」が流れているあいだも、アンコールの声が鳴り止まなかったと。
終演後、「JIROが大人気ない」「何キレてんの?」という声が客席で聞こえたという書き込みがありました。それを目撃した参加者が「何でわかんないの」と悔しさをにじませながらスレッドに書いた言葉は、今読んでも胸に刺さります。
翌朝、TERUがブログを更新した。
内容はファンへの「ありがとう」でした。あの夜のことには直接触れず、感謝の言葉で締めくくられていたといいます。「これを読んで泣いた」という書き込みがスレッドに続きました。
アーティストの優しさに、甘え過ぎていないか。
繰り返しになりますが、僕はただの一ファンです。偉そうなことを言える立場では全然ない。なんならGLAYの優しさに甘えている側だ。自分の中では一定の線を引いているつもりだが、いつかGLAYLIFEドットコムの活動が怒られる日が来るかもしれない。
ただ今回のTERUのポストを読んで思ったのは、GLAYってとにかく優しいよな、ということでした。19年前も、2026年の今も、怒鳴りつけるでもなく、活動を止めるでもなく、「お願い」という形でファンに向き合い続けている。
その優しさは本物だと思います。でも一方で、「どうせGLAYは許してくれる」「注意されても怒られるわけじゃない」という空気が、知らず知らずのうちにできあがってしまうことはないでしょうか。悪意がなくても、甘えが積み重なっていくことはある。
ライブという場の緊張感は、バンドだけが作るものじゃない。客席も含めた全員の空気で成立している。あの4人があの表情でステージに立てるのは、その緊張感があってこそだと、僕は思っています。
素晴らしいポストがあったので貼っておく。
2007年3月18日のナムラホールは、それが崩れたときに何が起きるかを示した夜でした。もうほとんどの記録はネット上から消えてしまっていて、当時mixiにいなかった人にはほぼ知られていない出来事。それでも、記憶の片隅に置いておく価値はあると思って、今回整理してみました。



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