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GLAYファンが知るべき、TERUがヴェネツィアと同時期に見ていた夢

10月28日 TERUのポスト。

知らなかった。私もその「多い側」だった。

箱館国際芸術祭の会見があった翌日の投稿で、文面も少し念を押す調子。わざわざ書いたということは、たぶんここが抜けると話の筋が見えなくなるのだろう。

ということで、2023年の初のTERU個展から10月27日の会見までを時系列で整理してみようと思います!

「正直わかってなかったわー」という人は是非読んでね!

2022年6月8日、51歳の誕生日

ほとんどのGLAYファンには周知の事だが、TERUは幼少期から絵を描くのが好きだった。保育園から帰ってきたら、母親が用意してくれたノートと鉛筆で仮面ライダーやウルトラマンに始まりアニメのキャラクターを描いた。テレビに映っているものから外の風景、近くを通る猫なども描いていた。

小学4年生のときに北海道の絵画コンクールで銅賞を取ったのは、水彩絵の具で描いたお寺の絵で、新聞の紙面にも載った。

彼の将来は画家ですか?

ロックバンドのボーカルですか?

そんなTERUが作品として絵を描き始めたのは2022年6月8日、51歳の誕生日から。コロナ禍で音楽活動が止まっていた時期に建築家でアート作家のTAKUMIと出会い、アクションペインティングを見て衝撃を受けたという。

そこから「毎日続けて1年間で100枚描こう」と決めたと東洋経済のインタビューで話している。

翌年のBillboard JAPANでは「去年、自分の誕生日から絵を描き始めたんですけど、音楽とはアウトプットが全然違っていて」と語る。

2023年、あうん堂から始まった

そして1年後。2023年5月31日から6月5日、追加日程の6月7日から9日も、函館・松風町のあうん堂ホールで初個展「音の可視化」。テーマは「自分の歌を音と捉え可視化したらどう表現できるか?」。会場では本人の作品解説がラジオ形式で流れていたらしい。

GLAY TERU 初の作品展「音の可視化」のバナー
初の作品展「音の可視化」。画像はGLAY公式サイトの特設ページより引用

あうん堂。言わずとしれたGLAYの聖地。私も2024年にHKDT Ratsというバンドでここのステージに立たせてもらった。旧楽屋を見せてもらったときの動画を貼っておきましょう。

同じ年の11月には、2つ同時に開催。金森赤レンガ倉庫の函館ヒストリープラザで、TAKUMI、そして若手画家の藤倉朱里との3人展「THREE COLORS EXHIBITION」(11月8日から14日)。そしてあうん堂で、同じ11月8日から14日に作品展の第2弾「万里一空」。11月13日には金森ホールで3人のトークもあった。

そもそも、ビエンナーレって何

イタリア語で「2年に一度」。元祖は1895年から続くヴェネツィア・ビエンナーレで、国ごとの展示館が街のあちこちにあり、客は運河の街を歩いて会場を回る。3年に一度ならトリエンナーレ。

日本で名前が通っているのは、新潟の大地の芸術祭(2000年から)、瀬戸内国際芸術祭(2010年から)、北海道なら札幌国際芸術祭(2014年から)。どれも街や島そのものを会場にして、何十万人も呼ぶ型のイベントだ。瀬戸内は昨年(2025年)、約108万人が来た。

そして、日本の大きな芸術祭には共通の始まり方がある。役所が旗を振る。大地の芸術祭は1994年に新潟県知事が提唱した地域計画から生まれ、実行委員会の設立が1998年、初回が2000年。瀬戸内は実行委員会の会長が香川県知事。札幌は札幌市が主催に入る。

まず県や市が決め、アートディレクターを呼び、予算を付けて、数年かけて初回にたどり着く。それが普通の順番だ。

函館は、順番が逆だった

公の場で先に「ビエンナーレ」と言ったのは、市ではなくTERUのほうだった。絵を描き始めて1年、2023年9月のBillboard JAPANのインタビュー。

「4年後とかに、ビエンナーレっていう……これはヴェネツィアに行ったことがきっかけなんですけど、2年に1度の大きな芸術祭を立ち上げたいと思ってます。もうすでにいろんな人たちに声をかけて、その下準備を始めていて」

4年後は2027年。プレ開催は2027年10月。予定表どおりである。

10年ほど前からヴェネツィアに通い、ビエンナーレを見て、2016年、幕張メッセのファンクラブ発足20周年ライブで「30周年はヴェネツィアでライブがしたい。俺にヴェネツィアでライブをさせてくれ!」と宣言した。30周年は2026年。それが今年6月、本当にヴェネツィアでのライブと個展になった。

会見でTERUは、ビエンナーレで見たのは「歴史ある街並みに現代アートが自然と溶け込み、古いものを大切にしながら新しい価値を生み出していた」光景だったと話している。市長との対談では、それを見て「これは函館に持って行ける」と思ったとも。10年かけてヴェネツィアの約束を果たした人が、同じ街で見た景色を函館に移そうとしている。

2025年と2026年の8月5日〜11日

ヴェネツィア、TERUと函館、函館市、はこだて国際民俗芸術祭の4本の時系列。2025年と2026年の8月5日から11日が重なり、2026年10月27日の記者会見に集まる
4本の線が、2025年と2026年の8月で重なり、2026年10月27日の会見に集まる

2025年の夏、TERUプロデュースの「HAKODATE ART FESTIVAL 2025」が函館朝市ひろばで8月5日から11日。副題は「『HAKODATE BIENNALE』への道」。同じ8月5日から11日、元町公園では第18回のはこだて国際民俗芸術祭。

2026年も、TERUの5回目の展示「旧市街」(8月1日から11日)と第19回が、また同じ週に重なった。民俗芸術祭は2008年から毎年開かれていて、ここ数年の会期は8月5日から11日、会場は元町公園。2025年は会期がぴったり同じで、2026年も重なった。TERU本人が後に「合同企画」と書いているとおり、偶然ではない。

この2年の夏は、芸術祭のリハーサルだった。2025年の催しの題がそもそも「『HAKODATE BIENNALE』への道」。同じ週の函館で、朝市ひろばでTERUの絵を見て、元町公園で世界の音楽と踊りを見る。

2026年の「旧市街」は3会場を路面電車で回る形で、TERU自身が「3会場を繋ぐ路面電車に乗っての移動も函館の歴史を感じる体感型イベントの1つ」とコメントしている。会見で出てきた「箱館芸術街道」、つまり会場を徒歩や公共交通でつなぐ回遊ルートの構想は、この2年の夏に小さく試されていた形そのものだ。TERUがヴェネツィアで見たのも、街を歩いて展示館を回る芸術祭だった。

OUT OF THE BOXって誰?

はこだて国際民俗芸術祭は2008年から毎年(コロナ禍の2020年と2021年は形を変えて)、海外の民俗芸術団体を函館に滞在させ、野外ステージで公演を続けてきた祭りで、2025年までに65の国と地域から2,700人以上のアーティストが来ている。運営の大半はボランティア、2013年からは入場者が買う「市民スポンサーパス」で費用を支えてきた。主催は一般社団法人ワールズ・ミート・ジャパン、代表理事で芸術監督のソガ直人は函館のバンド「ひのき屋」の人だ。

要するに、函館で「国際」の付く芸術祭を18回、役所の事業としてではなく、ボランティアと入場者の財布で回し続けてきたチーム。海外からアーティストを呼び、泊め、街に出す。函館が2028年にやろうとしていることを、規模は違えど毎年の夏に続けてきた人たちである。

2025年1月、5人展「DREAMY」の連動企画として「OUT OF THE BOX」が初めて出てきた。主催は、有限会社ラバーソウル(GLAYの事務所)、金森商船、OUT OF THE BOX実行委員会。副題は「『HAKODATE BIENNALE』への道2025」。この実行委員会が何者かは、10月29日の午前にTERU本人がポストした。

民俗芸術祭を運営している人たちが、2024年のコラボを経て、2025年から「OUT OF THE BOX」の名前で動き始めた。長年温めていた名前だったらしい。TERUの冒頭の投稿は、この人たちのことを言っていた。

そして函館市が加わった

2024年7月、GLAY公式サイトの大泉潤市長との対談でTERUは「2、3年後にはビエンナーレを函館で開催したい」。

2025年8月の2回目の対談では「市と協力しながら市が運営するイメージのものにできると、地元の人たちも入りやすくなるんじゃないかな」「GLAYという看板は掲げるんですけど、市民の一つのイベントにしていけたらという夢はあります」。

そして2026年10月27日、函ノ木CAFÉで記者会見。実行委員会の委員長は大泉市長、顧問に函館商工会議所の会頭と函館国際観光コンベンション協会の会長。運営する一般社団法人はこだて国際文化機構(今年9月設立)は、代表が鎌瀬直人さんで、TERUが理事としてエグゼクティブ・プロデューサー。

鎌瀬さんはラバーソウル、つまりGLAYの事務所の代表取締役だ。看板は市とGLAY、実務はGLAYの事務所。OUT OF THE BOXの人たちとは「来年再来年も共に函館を盛り上げようとやりとりしてます」と本人が書いている。TERUが1年前に言った「市が運営するイメージ」が、この形になった。

2027年10月9日から11日のプレ開催は1施設・3日間で目標1万人。2028年10月の本開催は約1か月、市内の複数会場に国内外のアーティスト十数組で目標15万人、事業費は4億円(北海道新聞)。

15万人は、大地の芸術祭の初回(2000年、約16万人)とほぼ同じ数字だ。あちらは県の計画から6年かけて初回に着いた。函館は、歌手が「4年後に」と言ってから4年でプレ開催、5年で本開催に届く計算になる。

これが、2日間の3つのポストでTERUが言いたかったことだと思う。箱館国際芸術祭は、市長と並んで発表されたから始まった話ではない。

51歳で絵を描き始めた人が、18回踊りの祭りを続けてきた人たちと組み、2年リハーサルをして、市に渡した。こういう順番で生まれた芸術祭を、少なくとも私は他に知らない。来年の夏は元町公園にも行く。そして2027年10月の函館は、たぶん予定表どおりに来る。

OUT OF THE BOXのInstagramはこちら。https://www.instagram.com/hakodate.out_of_the_box/

出典