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TERU
ボーカル / 作詞
出身地北海道函館市
担当Vocal · Lyricist

プロフィール

中学時代にTAKUROと出会い、ロックバンドの夢を共有。GLAYのフロントマンとしてステージで愛される存在。レギュラーラジオ「TERU ME NIGHT GLAY」(bayfm)等メディア活動も。

生い立ち — 函館・桔梗町

1971年6月、函館生まれ。高校卒業までの18年間を函館で過ごし、卒業と同時に上京した。本人のコラムに「1971年6月に函館で生まれた。18年間函館で過ごし、高校を卒業し、上京」とある(ADVENTUREKING)。

生まれた家の前は海沿いの小道だった。コロナ禍の自粛期間に函館が舞台の映画『函館珈琲』を観て、映っていた小道が自分の生家の前だと気づき「胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じた」と書いている(同)。

函館市立桔梗小学校では野球チームで4年生からレギュラー、6年生でキャプテン。TAKUROは家庭の事情で小学6年の夏にこの学校へ転入してきて、そこで2人は出会っている(Wikipedia)。

桔梗中学校では1年生でTAKUROと同じクラスになった。TAKUROの部屋でビートルズを聴いたことが、音楽に興味を持つきっかけになったという。高校は北海道函館商業高等学校で、野球からサッカー部に転向した(Wikipedia)。

2025年、函館市長との対談では「小学生の時、函館は元気な街だった。あの姿にまた近づけたい」と語っている(GLAY公式インタビューVol.120)。

名前の由来

本名は小橋照彦(こばし てるひこ)。母が歌手・俳優の西郷輝彦の大ファンで「照彦」と名付けられた。TERUがこの話をSNSに投稿したところ、西郷輝彦本人から連絡があったという(ORICON)。

愛称は「テッコ」。2025年に25年ぶりに『徹子の部屋』へ出演した際は、黒柳徹子と「てっこ」の音が同じことが話題になった(音楽ナタリー)。

ドラマーだった頃と、置き忘れたデモテープ

1987年夏、サッカー部の先輩に誘われて聖飢魔IIのコピーバンドに加入。担当はドラムだった。ドラムセットを持っていなかったため、親戚の叔母が営むスナックの椅子を叩いて練習したという(Wikipedia)。

1988年3月にTAKUROの誘いでGLAYを結成。このときもドラマーとしての加入だった。転機は、TAKUROがTERUの家に置き忘れた歌なしのデモテープ。TERUが遊びで歌を入れ、それを聴いたTAKUROが「腰を抜かした」(Wikipedia)。

TAKURO本人の言葉(2025年)——「もともとはドラムとして誘ったんですが、たまたま遊びでデモテープにTERUが歌を入れた。それを聴いた時に、またしても僕は腰を抜かして(笑)。」 なおTAKUROが人生で腰を抜かしたのは、14歳で氷室京介の声を聴いたときと、この2回だけだという(GOETHE)。

本人はドラマーでいたかったらしく、マイクを天井から吊るしてドラムを叩きながら歌っていた時期もあった。TAKUROに却下されてボーカル専任になっている(Wikipedia)。

歌うこと

「声の劣化は人生の色合い」——年齢による声の変化について、2024年にそう語っている(ORICON)。

「刻は波のように」(2023年)は初めて母をテーマに書いた曲。「両親ともう一度関わり方を考える」契機になったと述べ、同じインタビューで「親を愛せない人が、愛を唄っちゃダメだなと思います」と語っている(Billboard JAPAN)。

「流星のHowl」はTERUの作曲だが、歌詞はTAKUROに任せた。理由は「ポジティブで前向きすぎる自分の性格だと、ネガティブなことが書けない」(GLAY公式インタビューVol.86)。

「海峡の街にて」(2024年)のタイトルは、TERUの提案で「まち」が「街」の字になった。「"町"は町内会のような小さなコミュニティーで、函館ぐらいの規模のまちを思う時は『街』というイメージがある」(GLAY公式インタビューVol.114)。

絵を描く人

GLAYのマスコット「ズラー」は、TERUの落書きから生まれた。「TERUのソウルメイト」という触れ込みで2007年頃に登場し、2012年にはTERUプロデュースの育成ゲームも配信された(GLAY公式)。

2022年の誕生日から本格的に絵を描き始め、2023年に函館で初個展「音の可視化」を開催。テーマは「自分の歌を音と捉え、可視化したらどう表現できるか」だった(Real Sound)。

2025年1月には5人のアーティストとの合同展を函館で開催。ヴェネツィア・ビエンナーレに刺激を受け、函館でのアートフェス開催を目標にしているという(GLAY公式)。

素顔

ファンの間では天然キャラとして知られ、不思議な言動が「TERU語録」として親しまれている。本人は「4割ほどはTAKUROが作った話」と主張しているとされる(Wikipedia)。

早寝早起きの朝型。HISASHIは「TERUが起きる頃に寝る」と語ったという。運動神経がよく、ライブではマイクスタンドを使ったハイジャンプを見せる。腕を大きく広げるクセがあり、アルバム『GLAY』(2010年)のジャケットには「GLAYを象徴するもの」として腕を広げるTERUの写真が使われた(Wikipedia)。

幼い頃に雀に襲われた経験があり、小鳥が苦手。それなのに自作曲には「Little Lovebirds」「RainbirD」と鳥の曲が2曲ある(Wikipedia)。

『ファイナルファンタジーXIV』のプレイヤーで、キャラクター名は「Mukky Queen」。GLAYがドラマ『光のお父さん』の主題歌を担当した縁で始めた。ゲームのつぶやきが増えすぎて、4年間放置していた別アカウントをゲーム専用に再開している(電ファミニコゲーマー)。

好物は鶏の唐揚げで、本人曰く「肉料理の王様」。京都が好きでプライベートでもよく訪ねる(Wikipedia)。

ファンとの距離

2023年、ツアー帯同イベントの会場を自分で回り、スタッフに「この会場は駅から近いの?」「ファンの子たちはどうやって来るの?」と聞いていると語った(GLAY公式インタビューVol.103)。

男性ファンについて——「昔はファンの方々の9割5分は女性という状況があって、『もっと男性にも聴いてほしい。ライヴに来てほしい』という想いで男ナイト、BOYS ONLY NIGHTを企画していました」(同)。

2016年、幕張メッセでのファンクラブ20周年ライブで「10年後、ヴェネツィアでやろう」と宣言。その約束は2026年6月、実際にヴェネツィア公演として果たされた(シネマトゥデイ / 当サイトの記事)。

もっと詳しく知りたい方は、本人のレギュラーラジオ「TERU ME NIGHT GLAY」(bayfm)と、GLAY公式のバイオグラフィー、および上記各項目のリンク先をご覧ください。

作詞・作曲の実績

23作詞数
19作曲数
23関与曲(重複なし)

作詞・作曲した全曲 ─ リリース日順 23曲